2011年11月某日
善デス編集スタッフである私は「善人シボウデス」のディレクター兼シナリオライター打越鋼太郎氏に取材アポイントを取り付けて、チュンソフトにやってきた。 待合室に通されてしばし待つと、ノックがしてドアが開いた。
そこに立っていたのは──ガスマスクを被った謎の男だった。
編:…こ、こんにちは。あの…打越さんとお約束を…
ゼロ:私はMr.ZEROである。
編:え… あの…打越さんに取材をお願いしているんですけど…
ゼロ:打越の代わりに、私が取材にやってきたのだ。
編:あの、ちょっと困るんですけど…。
ゼロ:打越の事なら何でも答えられる。それでいいだろう。
編:それじゃダメなんですが…。
あれ?首から下げてるの社員証じゃないですか?、、、えーっと、、、
ゼロ:(社員証をひきちぎり)私はMr.ZEROである。
編:(え?え?ちょ、どうすれば。。)じ、じゃあ、Mr.ZEROさんでいいです。打越さんの代わりに取材に答えてくださるということで。。。
ゼロ:私は全て答えられる。
約束の時間に現れたのは打越氏ではなくMr.ZEROと名乗る謎の男。
ガスマスクの下の顔がうっすら見えなくもないが、その正体が誰なのか。残念ながら見ぬくことができなかった。
首からかかる社員証を指摘した瞬間の写真。直後、引き千切られたために決定的な文字は確認できなかったが「打越」の文字がうっすら見えたようにも感じた。
編:「善人シボウデス」の制作が決定したのはいつぐらいのことですか?
ゼロ:今からおよそ137億年前のことになる。
編:……?
ゼロ:宇宙が誕生したときにはすでに決まっていたということだよ。可能性のうちのひとつとしてね。
編:えっと…ものすごい極端な結果論ということであればそうなりますが…。
具体的に、ここ1~2年の話でお願いします。
ゼロ:「この歴史において制作が確定的となったのはいつか?」という質問ならば、答えは次のようになる。2010年4月のことだ。ディレクターの打越からそう聞いている。
編: 999から善デス制作が決まった、そのあたりのエピソードをお聞かせください。ちょうど○○がXXした頃だったね、とか、時間の経過の分かるたとえがあるとうれしいです。
ゼロ:ちょうど神奈川県相模原市が19番目の政令指定都市に移行し、相模原市と座間市の郵便番号が大幅に変更され、両市の郵便番号は上3桁が「252」に統一されるとともに統括支店も郵便事業横浜神奈川支店から郵便事業綾瀬支店へ移管された頃だったね。
編:ものすごくわかりにくいです。(ちょっと、やりにくいな…)
身なりとは裏腹に、きちんと受け答えするZERO氏
ゼロ:ちょうどニンテンドー 3DSが発表された頃だったね。
「詳細は6月のE3で…」とのことで、そのときにはまだ全貌は明かされていなかったと記憶している。
当初「善デス」は 999の続編ということで"3"のつかない普通のDSで出すことを想定していた。エンジンはすでに 999のときに構築済みだったから、DSで出すぶんにはコストも低く抑えられる。そこが対社内プレゼン用としては有効打のうちのひとつとなっていたのだ。
ところが、企画が通るか通らないかの瀬戸際で 新ハードの発表があった。さあ、どうする? 侃々諤々、喧々囂々、口角泡を飛ばすがごとき議論が繰り広げられていき……
その結果「まあプロットはプラットフォームに依存しないだろう」とのことで、さしあたってひとまずは企画のみが単独先行して走ることになったのである。
ちなみにその後、より多くの方々に遊んでいただきたいとの想いから、現在は 3DSとVitaの同時発売を予定している。……と打越から聞いている。
編:前作を作られてリリースした後の手応えは?
ゼロ:時速60kmで走っている車の窓から手を出すと、ちょうどCカップのおっぱいを揉んでいるのと同じぐらいの手応えを感じると言うだろう? それでたとえるなら、だいたい時速240kmぐらいの手応えがあったと言えるだろうね。
編:ものすごくわかりにくいです。
ゼロ:要するに想像を超えた手応えを感じたということだ。
編:海外の評価については後ほどうかがうことにして、国内でもいくつかの賞を受賞されていますね。
【週刊ファミ通レビュー「プラチナ殿堂」入り】【オトナファミ「エンタメ業界1000人が選んだ掘り出しエンタランキング2010」携帯ゲーム機部門:第1位】。それから【ゲーム屋さんが選ぶ良作】の栄えある第1回選抜作品でもあるとか。
ゼロ:ええ、本当にありがたいことです。
編:え……?
ゼロ:と打越は言っていた。
編:(打越さん。。。だよなこの人やっぱり。)
編:前作の思い出話など教えてください。大変だったこと、良かったこと、意外だったことなど…。
あ、ゼロさんが打越さんから聞いているお話で結構ですので。
ゼロ:999は打越にとって4つの「初めて」が重なった作品だ。
チュンに入社して初めてのタイトルであり、初ディレクション作品であると同時に、DSという2画面のタッチ式インターフェイスを用いた特殊なハードで作るのも初めてだった。
さらにプライベートでは初の子どもを授かり、育児に協力しながらのゲーム作りというのも初体験だった。
本当に公私ともにテンテコ舞いで、ヘンテコな幻覚を見てしまうほどだったさ。厳しいコスト管理・スケジュール管理に絞めつけられ、同時に妥協を許さぬ偏執的・病的なまでの高いクォリティが求められ、ディレクションをするかたわらにシナリオを書き、シナリオを書きながらも監督業に勤しみ、家に帰れば育児に協力的でないと罵倒され、たまに寝過ごせば、いつまで寝ているのだと足蹴にされて叩き起こされる日々……。
当時の細かいことは、ほとんどなにも覚えていないと打越は言っている。ただ極彩色に光り輝くまばゆい翼を持った妖精たちが、彼の周囲を始終飛び交っていたことだけしか記憶にないと。
編:ユーザーからの反響はありましたか?
時折、身振り手振りを交え興奮気味に語るZERO氏。 思い入れがとても強いのか話にも熱が入る。
ゼロ:国内に関して言えば、主にライトユーザーさんからの評判は上々だったようだ。大絶賛してくださったプレイヤーの方もたくさんいた。「この場をお借りして厚く御礼申し上げます」と打越は言っていたぞ。
しかしその一方で、コアユーザーの方々からは、少々物足りないというご意見を頂戴したことも事実だ。
999ではテンポやスピード感を重視し、不要な説明文は極力省いていったと聞いている。それは取りもなおさずライトユーザーさん向けに作ったからで、その意味で試みとしては成功したと言えるのだが、コアユーザーの方々にはご満足いただけない結果となってしまったようだ。
そこで今作「善デス」では、コアユーザーの方々にも納得していただけるよう、微に入り細を穿つ作りを徹底して追求したらしい。オールクリアまでにかかる時間は、実に30時間を超える。圧倒的なまでのボリューム感! しかもクリア後のやり込み要素や、おまけシナリオも盛り込まれている。むろんボリュームがあればいいというわけではなかろう。
しかしご安心いただきたい。作品の中に含まれる複数のシナリオは、いずれも練りに練り込まれた密度の濃いシナリオばかりだと聞いている。
と、ここでお気づきになった方もいるだろう。そう、シナリオは複数……。1本をクリアするまでにかかる時間はさほど長くはない。ここがポイントだ。1本の長大な物語が延々と続いていくわけではないから、ライトユーザーさんも退屈せずに、次のシナリオ、次のシナリオへと熱中してのめり込んでいけるという寸法だ。
さらにさらに、今作「善デス」では快適な機能を搭載!
わずらわしい繰り返しプレイをすることもなく、さくさくと物語を進めていける。
至れり尽くせりの超娯楽大作なのであ~る。 これはもう絶対に買いだねっ☆
編:なんかキャラ変わってませんか?
ゼロ:気にするな。
編:ところで、アメリカの Gamasutraというサイトでは「ドラクエ」「メタルギア」に続き2010年携帯ベストゲーム3位に輝かれたそうですね。
また「IGN:BEST OF 2010」の「Best Story賞」 「2010 Nintendo Power Awards」でも同じく「Best Story/ Writing賞」を受賞。 「Metacritic:海外で最も評価された日本産タイトル2010」では「第4位」。レビューでは「GamesRadar 9 / 10」「Cheat Code Central:4.5 / 5 stars」「Destructoid:10 / 10」等々高い評価を受けています。北米ではどんな反応が起きていたのでしょうか?
ゼロ:まず、おっぱいにたとえると……。
編:たとえなくていいです。
ゼロ:ムムムッ……。
とにかくきみが言ったとおり、北米では高い評価をいただいているようだ。すでに公開されている「善デス」のトレイラー、YouTubeのコメント欄はほとんどが英語で占められている。
編:アクセス数が少なく見えるのは、修正版のトレイラーに途中で差し替わったからだそうですね。修正前のトレイラーの再生数はすでに5万件を超えているとか!
ゼロ:そのとおり。そしてそのうちの7割近くが日本国外からのアクセスなのだそうだ。
オフィシャルサイトも同様。つまりこの「週刊善人シボウデス」も、大半は外国の方がご覧になっているということになる。至急、翻訳版を出したまえ。
編:い、いや、それはちょっと……。それにしても7割が国外からというのはすごいですね。その要因など、打越さんの見解がありましたらお聞かせ下さい。
ゼロ:私は打越ではない。
編:あー、そーでしたね。ではゼロさんの見解をぜひ。
ゼロ:いくつか要因はあるだろうが、まずはSF的な要素を受け入れる土壌があるというのが大きいのではないかな。すんなり受け入れられるというか、抵抗感がないというか……。
単純に日本国内で公開されている映画だけを見てみても、洋画の場合は毎年必ず何本かSFものの作品が含まれているが、邦画ではほとんど皆無に等しい。そんなわけで北米のプレイヤーのほうが、比較的SFに親しみのある方が多いような気がするのだ。
編:確かにアメリカはSF大国ですからね!日本でSFというと「すこし・ふしぎ」ですね。
勢い余って咳き込んだZERO氏
ゼロ:もうひとつは、国内のテキストADVのガラパゴス化。これにも一因があると思う。ここで言うガラパゴス化とは良い意味でのそれだ。
テキストADVは文字通りテキストがメインとなっている作品だから、言語の壁に阻まれて、これまではあまり輸出されてこなかった。需要もないと思われていた。テキストを読むだけのゲームなんて、北米の方々には受け入れられないだろうと、そう考えられていたのだ。一方で、テキストADVは海外から輸入もされてこなかった。もしかしたら探せばあるのかもしれないが、少なくとも一般のプレイヤーの目にふれる機会はほとんどなかったといっていいだろう。
そのような鎖国的な環境にあって、テキストADVは国内において独特の、エキセントリックな進化を遂げていった。ガラパゴス諸島の生物たちと同じように……。
そうして国産テキストADVが自然淘汰されていくうちに、特殊なノウハウやエッセンス、ユニークで力を持ったミーム的記号群が大量に培われていくことになった。むろん999にもそういった要素はふんだんに詰め込まれている。
正直に言えば、999よりも面白いテキストADVは他にもたくさんあると思う。だが、海外のプレイヤーたちには斬新に映ったのかもしれない。かつて浮世絵が海外の画家たちに衝撃を与えたのと同じように、あるいはマンガやアニメがセンセーションを巻き起こしたのと同じように……。
もちろん999がそこまでのインパクトを与えたとは思っていないが、現象としては似たようなことが起こったのではないかと考えている。
編:なるほど。そういう意味では今後、海外のADVに999が与えた影響が出てくるかも知れませんね
。
2~3年後あたりにアメリカでリリースされたADVが「どうも999のオマージュっぽいな…」というような…。うーん、ありえそうです。